エステ nikki: 西尾幹二先生の「つくる会・顛末記」

nikki

nikki

水曜日, 3月 08, 2006

西尾幹二先生の「つくる会・顛末記」


クリックしてね。→人気blogランキングへ

■西尾幹二先生が、八木会長更迭騒動など、最近の「新しい歴史教科書をつくる会」の内紛問題について御自身のブログにその詳細を書き記している。あたしは、この「つくる会」にはずーつと関心は持っていたし、何回か入会手続きをしようかと思ったこともあるけど、とうとう入会することもなく今まで来ていて、ずっと会には関係していないから、内部の動きは何も知らない。

そもそも、あたしが「つくる会」入会をためらった理由は組織や運動が嫌いなことと、「つくる会」そのものが、藤岡さんのような「元共産党員」の指導の下に生まれた「組織」だということに引っかかっていたから。だから、西尾先生の顛末記を読んで、やはりねー、と思ったわね。

新田均とか勝岡寛次とか、あたしも知らないようないう、元、保守学生運動出身の若い理事たちが、全共闘の学生たちみたいに集団を組んで、これまた保守学生運動組織出身の「宮崎某」という事務局長の人事をめぐって、会の理事会などで「団交」みたいなことを始めたんだつて。そんなことはある意味では初めからわかつていたことだわね。

あたしは、西尾先生の『ヨーロッパの個人主義』以来の読者だから、西尾先生を思想的にも人間的にも信頼しているし、保守論壇の雄として尊敬しているから、別に何も思わないし、動揺ももしないけど、他のネット右翼とか、最近の小泉マンセーの保守とかは、かなり動揺するかもね。西尾バッシングなんてのが、また起きたりして。その時は、あたしは、西尾先生を全面的に支援するわ。ほとんど無力な専業主婦にすぎないけどね。

まあ、最近の保守論壇って、西尾先生を除いて、保守思想家として論ずる値する人は、一人もいないわけだから、何があろうと、どーってことないけど。一つ、気になったのは、西尾先生の書いた「原稿」を、岡崎久彦さんが無断で大幅に書き換えたという部分だわね。あたしは、岡崎さんのことも少しは知っているけど、やはりねー、って感じね。かなり失礼なというか、無礼なというか、ちょつと許せない蛮行だわね。やはり、あの人は、学者でも思想家でもないものね。学者崩れの専業主婦としてはかなりムカツクわね。なにさ、このオヤジ…って感じだわね(笑)。


========================================
西尾幹二ブログ
西尾幹二のインターネット日録
忘れることの大切さホーム /近況報告 /
■「つくる会」顛末記
お別れに際して
          (一)

 私は「新しい歴史教科書をつくる会」にどんな称号であれ戻る意志はありません。

 一度離別決定の告知を公表しており、新聞にも報道され、誤解の余地はないと思っていましたが、産経(3月1日)に私が「院政」をもくろんでいるとわけ知り顔のうがった記事が出ましたので、あえて否定しておきます。

 私は理事会にも、評議会にももはや出席する立場ではなく、会費を払っているので総会の一般席に坐る資格はあるでしょうが、これも今後遠慮しようと考えています。すなわち、いかなる意味でも私は「つくる会」に今後関係を持たないこと、影響力を行使しないことを宣言します。


クリックしてね。→人気blogランキングへ

=======================================

■つくる会」の八木会長辞任=会運営混乱で引責(時事通信)

「つくる会」の八木会長辞任=会運営混乱で引責
[時事通信 2月28日19時0分更新]

 新しい歴史教科書をつくる会は28日、27日の理事会で、八木秀次会長(43)と藤岡信勝副会長(62)の辞任を決定したことを明らかにした。新会長には種子島経理事(70)が就任した。
 同会は八木会長の辞任について「事務局長の退任人事などをめぐり、運営に指導力を欠いた」と説明。藤岡副会長については「執行部の一員としての責任」としている。 


=======================================

■八木会長「解任」。新会長に種子島理事を選任(つくる会Webニュース)

八木会長「解任」。新会長に種子島理事を選任
[つくる会Webニュース 2006年2月28日]

 2月27日、「新しい歴史教科書をつくる会」は理事会を開き、八木秀次会長を解任する動議が提出され、出席理事の挙手投票により賛成6、反対5の票決で、八木会長の「解任」が決定された。新しい会長には、種子島経(おさむ)理事(71)が選任された。
 種子島理事は昭和10年、福岡市生まれ、東大卒。川崎重工業を経て、BMW東京社長やBMWジャパン特別顧問を歴任。西尾幹二初代会長とは大学の同期であり、平成11年につくる会理事に就任。13年に副会長、昨年から再び理事に就任していた。

 産経新聞の報道では、理事会が八木会長らの「辞任を承認」、八木会長は「辞任を迫られた」とあるが、正しくは「解任」。解任理由は、理事会の了承を得ずに昨年12月に中国に旅行し、現地の知識人と歴史問題などについて論争したことだという。票決数は、八木会長の解任に賛成したのが6票。解任反対が5票。棄権が3票だった。
 八木会長は「つくる会幹部の外国訪問はこれまでも前例があり、私が昨年9月に韓国を訪れ、文章を今回と同じオピニオン誌に発表したが何の問題にもなっていない。もちろん韓国旅行も理事会での承認は得ておらず、前回の理事会(1月16日)でも中国訪問は何ら話題になっていない。前例に反した事柄が急に解任理由として問題化され、納得がいかない。とくに年長者とは話が合わず残念だ」などと話している。
 八木会長の解任に賛成したのは、種子島・九里幾久雄・高池勝彦・田久保忠衛・福地惇・吉永潤の6理事。解任に反対したのは、八木・内田智・勝岡寛次・新田均・松浦光修の5理事。棄権が、遠藤浩一・高森明勅・福田逸の3理事。(藤岡信勝副会長は議長のため投票せず)
 欠席理事が出した「委任状」の扱いについては、伊藤隆理事が「八木秀次氏」あて、中西輝政理事が「八木秀次会長」あて、工藤美代子理事は藤岡副会長に委任状を託した。だが、委任状は「何の効果もない」などの理由でカウントされなかった。
 理事会は、まず藤岡副会長が議長に立候補し、同じく八木会長も議長に立候補。議長を選ぶための「仮議長」に承認された田久保理事の司会のもと、8対6の票決で藤岡副会長が議長に選出された。続いて宮崎正治事務局長の「解任動議」が出され、挙手投票により賛成8、反対6で票決、続けて八木会長、藤岡副会長の「解任動議」も投票により決定された。この理事会により執行部(会長・副会長・事務局長)はすべて「解任」された形となった。
 藤岡副会長の解任賛成は7票、反対は4票、棄権が3票だった。解任理由は明確でない。種子島理事は田久保理事より会長に推挙され、賛成多数で承認された。


=======================================

■新しい歴史教科書をつくる会 新会長に種子島氏
[産経新聞 2006年2月28日]

 新しい歴史教科書をつくる会は27日、理事会を開き、八木秀次会長、藤岡信勝副会長、宮崎正治事務局長の辞任を了承し、新会長に種子島経理事を選任した。新しい副会長と事務局長は近く選任するとしている。
 種子島氏は昭和10年、福岡市生まれ。東大卒。川崎重工業を経て、BMW東京社長やBMWジャパン特別顧問を歴任。平成11年につくる会理事、13年に副会長、昨年から再び理事に就任していた。
 理事会では、八木会長が昨年12月に理事会の了承を得ず中国を訪問し、知識人と歴史認識について論争したことを問題視する意見が多数を占め、辞任を迫られたという。八木会長は「つくる会幹部の外国訪問はこれまでも前例があり、納得がいかない」と話している。
 つくる会のメンバーらが執筆した扶桑社の中学歴史・公民教科書は昨年2度目の検定に合格したが、採択率は歴史0.4%、公民0.2%だった。
 初代会長の西尾幹二氏も先月17日に名誉会長を辞任している。


0 Comments:

コメントを投稿

Links to this post:

リンクを作成

<< Home